会頭挨拶

第30回漢方治療研究会 会頭         

千葉大学医学部附属病院和漢診療科         

 並木隆雄          

第30回漢方治療研究会の開催に際して

 第30回漢方治療研究会を、2020年9月27日(日)に、千葉大学医学部記念講堂で開催させていただくことになりました。実は、開催自体は新型コロナ感染症の影響で、延期や中止を考えるなど、紆余曲折がありました。緊急事態宣言が解除されるに至り、大学施設の使用が許可され、6月の準備会で会場とネットでのハイブリッド開催に踏み切ることができました(この文章を書いている7月でも無観客での開催変更の可能性も視野に入れています)。

 そのような苦労の末の開催決定ですので、開催をすすめられることは感慨ひとしおです。

 奇しくも、第30回という節目の大会を千葉で引き受けることになったのは、神の見えざる縁があるのでありましょう。というのは、漢方治療研究会は、その設立時には、「漢方湯液治療研究会」として始まりました。この会の開催の音頭を取られたのは、千葉大学出身で、千葉市で長年漢方診療された伊藤清夫先生の音頭であった。その趣旨は、湯液が漢方治療の原点であり、その衰退は本来の漢方医学の発展が阻害され創造的な研究が減少するということでありました(昨年の本研究会の名誉会頭の山崎正寿先生の文章に詳しい:『漢方の臨床』2019年6月号巻頭言)。その後に、今の名称に変更され、現在に至っています。第7回の改名決定後の研究会予告には、「他の剤形でも、臨床の幅と深さを広げるものであれば大いに報告していただきたいとの趣旨によるもの」と書かれていました(『漢方の臨床』1997年7月号)。おそらく、「他の剤形」のひとつであろうエキス剤での治療は、製剤の特徴(簡便性・長期保存など)だけに目が向きがちですが、効能効用が保険制度上決められていること・副作用や現代医学的エビデンスの明確化など、漢方の初心者が理解しやすく裾野を広げた功績や大多数を占める現代医学の医師を納得させる根拠となりえることなど社会的な面での好ましい特徴もあり、否定するものではありません。しかし、今ではエキス剤が一般医の漢方医療で中心になっているので、殊更に今年からは、原点立ち代わりで漢方薬に関しては煎じ薬を中心とした演題(または、煎じ薬を想定したエキスの運用)をできる限りお願いしています。また広く参加者の門戸を広げるため、漢方薬にとどまらず、鍼灸や医史学などの演題を募集しました。それら単独でしたら、個別の学会でよいでしょうが、複数の手法や考えが絡むような演題こそが、漢方治療研究会での演題にふさわしいと考えています。これらは、理事会の意向もあります。

 本研究会のメインテーマは、「漢方医学の多様性」とさせていただきました。漢方医学の定義は、漢方薬のみならず、鍼灸治療、指圧など按摩・導引、薬膳などの食事療法も含みます。先の演題内容を広く広げたのは、文字通り「多様性」に準じた意味でもあります。

 また、会頭講演の代わりに、会頭指定ディベートとして、「漢方医学の多様性-中医学との違いを知るー」をメインテーマの中心に据えました。これは、医史学の演題でもあり、中医学と漢方医学の違いという多様性の問題でもあると考えています。新たに漢方医学教育や診療に加わった先生方に、旧い問題を見直し・気づいていただき、"漢方医学間での交流と新たな創造の必要性"をメッセージとして含んでおります。

 これまで、現代医学の進歩は、多くの臓器、機能別に分化し、生命の単位である分子におよぶ最先端研究を推進し、世界の中で重要な成果を残してきました。はるか昔に人生50歳と歌った戦国武将と同じような寿命の時代がついこの間まで続いた後、人類の歴史からするとあっという間に人類が経験したことがない超高齢社会をわが国は迎え、平均寿命80〜90歳の新しい医学体系の創造が求められる時代となりました。一方、情報通信技術革新に加え人工知能(AI)の技術革新が現れたところに、アフタコロナでテレワークなども一気に進み、経済・社会のあり方そのものが変わろうとしています。ところがその新しい生活様式に慣れないため、例えば、生活習慣のさらなる悪化(運動不足の増加、ストレスの増加)などが懸念されます。このような時代背景の中で、漢方医学が果たす役割を考えたとき、臓器、機能別に分化して人間全体を有機的にとらえられていない現代医学と単純に統合するということだけではこの変化する疾病構造に対応しきれないと思われます。たとえば、エキス剤だけの病名漢方のみでは単なるハウツーであり、煎じ薬のような創造的な対応が必要なことがあるはずです。好都合なことにここにきて、新たに進んでいるAIなど異分野との融合により、徒弟制度でしか引き継ぎにくかった漢方医学が、具体的にかつ現実性にそのスキルを伝えるできる可能性が出てきていると感じます。つまり、上記の最先端の技術を利用した融合が実現することで、現代医学にも影響力のある魅力的な新たな漢方医学を創造することができるのです。これはアフタコロナで変化する時代の分岐点に立ったことを自覚することで、新たに発想できることでもあります。

 「漢方医学の多様性」に含まれるのは、単に伝統医学内の違いだけでなく、上記のことも含んだ種々の医学形態を作ることでもあるわけです。これは生物の多様性と同じで、いろいろな医学形態があるほうが生き残れる状況(生物学的にも、医学体系的な意味でも)になるということです。当然、さらに進んでウィズコロナの中では、言い古されているかもしれませんが、漢方医学は古くて新しい(温故知新)を確認して知らなければ、多様性は再認識できないのは当然です。たとえば、新型コロナに対する漢方薬による臨床試験の挑戦が、漢方医学という現代医学とは異なる多様性の一つの例として認識される契機になってほしいと考えています(この件に関しては、東洋医学会ホームページ参照ください)。

 最後に、プログラム作成、企画にいただいた研究会運営委員の諸先生、東亜医学協会及び本学会の事務局の皆さんには心より深謝申しあげます。

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